連載エッセイ●8 長生きの秘訣
神童だ天才だと親から言われて育った私は、「天才の私は夭折なのだから20歳まではとても生きられまい」と、大慌てで青少年時代をすごしてしまったらしいとこの頃になって気がついた。思い込んでいたのは「天才は夭折」というあれだ。ところが肺病やお上の思想的弾圧などによる若年の死亡が医学の進歩や時代の発展で少なくなった時代に、作品だけ残して早々とこの世を去らねばならない事は中々むつかしく、いつしか白髪頭になって今に至っている。「天才も20歳過ぎればただの人」というそれだ。
生家の家族を見渡せば、大正生まれの両親共に元気だし、母の母も100歳を数えなお矍鑠と健在で、亡くなった祖父達も長命であったことをみれば、なんてことない長寿の家系であるらしい。身近な年寄りに親しく接しては、長寿には長寿の共通点があることにきがついた。
「よく笑う」「生涯を貫く趣味を持ち自分の世界を持っている」「何があろうと、そのうちなんとかなるだろうと思っている」。この3点セットを持っている人は何気なく見えて実に強い。逆にどれか一つ欠けてもならない程の重要素ともいえるのではないか。朗らかに良く笑う人は存在そのものがありがたいし、自分の世界を持つ者の強さは言うまでもないだろう。
そのうちなんとかなるだろうは困難に対面した時の脱力の姿勢で、病魔も艱難も辛苦も、脱力の前に霧散していく奇跡を目の当たりにしながら育った私である。体の健康も重要ではあろうが、健康でも朗らかでなければ生きていたってつまらないし、「そのうちなんとかなる」と思えなければ、病気宣告を受けたらまともに病気になってしまうだろう。病魔に対しても脱力は相当に有効であると私は思っている。「あんたは長生きする」とはこの頃頻繁に友人達から言われるが、確かにこの3点セットを私は若くして収得しているかもしれない両親のおかげであると感謝している。
カレーの基本はいわずと知れたスパイスであり、スパイスはもともと薬であって、肉やらを使わずに本当にインド人のお惣菜であれば健康食、長寿の元に違い無かろうが、霜降り牛肉や豚バラ肉なんて物が大好きな私達日本人である。たまにインドから輸入された本格ベジタリアンの豆カレーやほうれん草のレトルトカレ ーを食べると、「こんなのカレーじゃない」「なんか味が足りない」等の感想がもれてしまう。本場のカレーは日本のカレーより脱力に秀でているのだ。遥かかなたの日本から「カレーって深い」とつくづく思う。
左槙子(ひだり・まきこ):どこにでもいる普通の主婦。数人の子供と一人の夫。そのほか数え切れない動物達と暮らしている……らしい。
写真:大樹に出会ったら、静かに寄り添い、生命について語りあうべし。――by 大久保謡子(おおくぼ・ようこ)
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